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著者プロフィール
クリストファー・マーロウ(Christopher Marlowe・1564〜93)
英国の詩人・劇作家。シェイクスピアの同時代人だが、劇作家として名声を得たのはマーロウが先であった。大胆な無韻詩形(ブランク・バーズ)で、権力(「タンバレイン大王」)・物欲(「マルタ島のユダヤ人」)・知識欲(「フォースタス博士」)を描き、また英国やフランスの史実を素材に政治の権謀術数を劇化して……エリザベス朝という「演劇の時代」の開花に大きな影響を与えた。ただし、学生時代から政治活動に関係したマーロウは、30才で刺客にあって死んだ(真相は不明)。
解説
「マルタ島のユダヤ人」バラバスの、あくなき物欲の物語。東西貿易で巨利を得ているバラバスだが、いいことばかりは、続かない。東の強国トルコの艦隊がマルタに押し寄せ、滞納つづきの貢物をただちに全納せよと迫り、困ったマルタ島総督はそれを島内のユダヤ人に課してきたのである。バラバスの暗躍がはじまる。払ってもまだ余りある財産を持ちながら、この強欲の商人は、戦争の危機を逆手にとって「漁夫の利」をねらうのである。権力も宗権も恐れず、最愛の娘の悲嘆をこえて「欲」に突き進む「マルタ島のユダヤ人」の命運は?……
目次
第一幕
第二幕
抄録
【バラバス】間抜けどもめが。おれが泥人形かなんぞのように思っていやがる。ひと雨降った位で、ドロドロに溶けてしまってたまるもんか。並みの人間などよりゃあ、ちっとは出来のいい男なんだ。目の前のことだけで悩むなんて真似はしない。先の先まで見通して、何が来ようと、抜け目なく手は打ってある。そうでもしなきゃ、災難は毎日でも降りかかって来かねないんだ、この世の中がまともに渡ってゆけるもんかい。
バラバスの娘アビゲイル、登場。
お、娘のアビゲイルだ。どこへ行くのかな。おい、アビゲイル、どうしてそんな悲しげな顔をしている。
【アビゲイル】ああ、お父様、私のために悲しんでいるのではありません、お父様のために嘆いているのです。でも、ただ泣いてばかりはいられない。これから元老院へ駈けて行って、声を限りにさけんでやる。あの人たちの酷い仕打ちをなじってやります。
【バラバス】いや、アビゲイル、さけんでみたとて、取り返しのつくものではない。じっと黙って耐えていれば、やがては心も静まろう。それにな、娘、わしのことを、それほどの阿呆だなどとは考えるな。こんなこともあろうかと、実はな、お前のためにも、わしのためにも、それなりのものは、しっかり手許に残してある。ポルトガル金貨が一万枚、それに真珠、宝石、貴金属、いずれ劣らぬ逸品を隠してあるのだ。
【アビゲイル】でも、どこに?
【バラバス】わしらの邸に。
【アビゲイル】ああ、では、もう手には入らない。だって、あの邸まで、押収されてしまったのですもの。
【バラバス】だが、もう一度わしが邸に入る位は許されるだろう。
【アビゲイル】いいえ、駄目。総督がじきじきやって来て、私を追い出し、尼さんたちを邸に入らせたんだもの。修道院にするというの。もう男は、誰も中へは入れないわ。
【バラバス】おれの金、おれの金、おれの宝が、ことごとく、失せたのか! おお天よ、なぜこれほどまでにおれを憎む。こんな目に会わされねばならぬ罪を、おれがいつ犯した。おれの気を狂わせて、みずから首を吊らせようとでも企むのか。いいや、いいや、おれは死なんぞ。なんで絶望なぞするものか。大海原の真只中に放り出されて、沈むも浮かぶも勝手にしろと、こうまで痛めつけられたからには、こっちだって歯を食いしばり、知恵を絞って戦ってやる。待てよ、待てよ、ふむ、待てよ……。そうか、娘、思いついたぞ! お前、見たな、わしがどれほどキリスト教徒どもに迫害されたか。わしの言うことを聞いてくれ。こんな場合だ、どんな策略を弄しても、罪にはならん。
【アビゲイル】これはど明らさまに私たちを虐《しい》たげたんだもの、あの人たちに仕返しをするためなら、どんなことだって致します。
【バラバス】そう、それでよし。で、奴ら、わしの家を修道院にした、しかも、もう尼さんが入っていると?
【アビゲイル】はい。
【バラバス】なら、お前、修道院長に頼みこんで、仲間に加えてもらうんだ。
【アビゲイル】え? キリスト教の尼さんになれというんですか、この私が?
【バラバス】そのとおり。信心の仮面さえかぶっていれぱ、どんな悪事も隠しおおせる。
【アビゲイル】でも、私が修道院に入りたいなどといっても、怪しまれるに決っている。
【バラバス】かまうことはない。できるだけ信心めかして、なにか、大変な罪を犯して、修道院に入る決心を固めたと、そう思わせるのだ。
【アビゲイル】でも、それじゃあ、相手を騙すことになる。
【バラバス】何の気がねが要るもんか。キリスト教徒の奴らだって、見えすいた偽善者ばかり。それに較べりゃあ、取られた物を取り返す方便に尼さんになる位、まだましだぞ。
【アビゲイル】で、もし中へ入れてもらえたとして、それから、どうするの?
【バラバス】うむ、そこでだ。二階の部屋の床板の下にな、お前のために取っておいた金と宝石が隠してある。そいつを――あ、待て、奴らが来た。うまくやれ、アビゲイル。
【アビゲイル】お父さんも、一緒に来て。
【バラバス】いや、わしは芝居を打たねばならん、お前が尼になると聞いて、怒り狂っている芝居をな。抜かるなよ。さもないと、金は戻ってはこんぞ。
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