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ブライトン・ロック!
ブライトン・ロック!
著/
椹野道流
発行/
二見書房
シリーズ/
ブライトン・ロック!
レーベル/
シャレード文庫
形 式 :
価 格 : 840円(税込)
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解説
本当に自分のやりたいことを見つけるために、親の反対を押しきって医学部を退学、イギリスの港町、ブライトンに独り留学した航洋――。英語もうまくしゃべれず、心細い思いを抱えるそんな航洋がスーパーマーケットの店先で出会ったのは、ブルーグレーの優しい瞳と人懐こい笑顔がステキな青年、ジェレミーだった。ひょんなことから仲良しになり、やがて「家族ごっこ」を始めることになった二人だが……。
目次
ブライトン・ロック!
スイート・ドリームズ
抄録
「顔、見せてみろ」
ジェレミーは両手を僕の顎に当て、自分のほうを向かせた。
その骨張った大きな手の温かさに、僕はなぜかとてもホッとしてしまう。気遣わしげに僕を見る灰青色の目は、吸い込まれそうに澄んでいた。
「顔に怪我はないな」
「手で……庇ってたから」
僕がそう言うと、ジェレミーは顔に触れていた手で、僕の両手を取り、痛々しげに顔を顰めた。ブーツの直撃を受けた両手の甲は、紫色に腫(は)れ上がり、あの男の手のように、血だらけになっていた。
「……ああ、でも、やっと喋ったな。ショックで口がきけなくなったのかと思って、心配した」
「口……きけなかったよ。あいつが電話ボックスばんばん叩いてたときは、怖くて声が出なかった。ジェレミーが来てくれて、『コヨ』って呼んでくれて……今度は安心しすぎて、声、出なかった……」
僕が素直にそう言うと、ジェレミーはいつもの優しい笑顔で、僕の髪をクシャリと撫でてくれた。その仕草に、心臓がドキリと大きく脈打つ。
(……なんだ?)
せっかく落ち着いてきたはずなのに、どうしてこんなタイミングで、僕はまたドキドキし始めたのだろう。
僕が内心狼狽えていることなど知りもせず、ジェレミーは、「傷の手当て、しなきゃな」と、台所へ行った。
「俺も、心底慌てたよ、あんたから電話があったとき。何があったのか、さっぱりわからないんだもんな」
そう言って苦笑いしながら、ジェレミーは僕の隣に腰を下ろし、僕の手を取った。湯で濡らした温かいタオルで、血と埃まみれの手を、そっと拭(ぬぐ)ってくれる。至近距離で伏せられた灰青色の目に、なぜか胸の鼓動が加速した。
(……ちょっと待て! そんな馬鹿な……)
いくら恋愛経験が乏しい僕でも、その「ドキドキ」感には身に覚えがあった。
そう、憧(あこが)れの女の子とすれ違って、ふわりと髪の匂いがしたときの感じ。あるいは、思いきって、彼女に初めてキスしようとするときの感じ。
(……って……いや、だからさ、目の前にいるのは……)
確認するまでもなく、目の前にいるのはジェレミーだ。僕より背が高い、骨のごつい男。そう、男……なのだ。
(何がどうなって、こんなに心臓バクバクいってるんだよ……)
僕が途方に暮れているうちに、ジェレミーは僕の手を、異様なくらい丁寧に拭いてくれた。そして、ふと可笑しそうにこう言った。
「痛そうだから、つい手加減して拭いちまうけど……なんだか、壁画の修復をするときに似てるな」
「そ……そうなの?」
「ああ。壁画の上に塗られた漆喰を、こんな感じでそうっと拭きながら、少しずつ剥がしていくんだ。それとほとんど同じ作業だよ。ちょっとずつ、ベタベタにこびりついた血糊を拭き取っていくんだからな」
実際、口と声は笑っていても、ジェレミーの目は真剣そのものだった。
もちろん、彼はアズダでの仕事も真面目にやっているはずだ。だが、今の彼は、アズダでは決して見ることのできない、引き締まった面持ちをしていた。それに気づいた途端に、心拍数はさらに跳ね上がる。悪循環だ。
僕はたまらず、背もたれに深くもたれかかった。脈拍も血圧も最高値なせいで、軽い頭痛と眩暈(めまい)を覚える。
「どうした?」
ジェレミーは訝(いぶか)しげに訊ねてきた。僕は、無言で首を横に振った。
「くたびれたのか。無理もないよな。あんな目に遭っちゃ。あいつ、ヤク中だろ? 知り合い……じゃないよな?」
「違う。……ツッ」
傷ついた箇所をタオルが撫で、僕は思わず小さな声をあげてしまった。
「悪い。だけど、綺麗にしとかないとな。消毒薬は? 何か冷やすものはある?」
「どっちも……まだ買ってない」
「そりゃそうだよな。こんなことになるなんて、予想しないもんなあ」
ジェレミーは、心配そうに僕の手を見ていたが、何かを思いついたらしく、立ち上がって台所へ行った。冷凍庫を開けた彼は、何かを手に、僕のもとへ戻ってくる。
「いいものがあった」
そう言って、彼は僕の目の前に、冷凍コーンの袋をぶら下げてみせた。
「これで冷やそう。そうすれば、あんたの手も少しはましになるだろうし、明日の朝は、コーン入りのオムレツが食えるよ」
「そんなもので冷やすの?」
僕が面食らっていると、ジェレミーはさっさとカチコチに凍ったコーンを小さなビニール袋に小分けし、そして一袋ずつ僕の手の甲に当てて、ハンカチで縛り、即席の湿布を施してくれた。
「なんか、変なの」
「でも、気持ちいいだろ? 何もしないよりはいいはずだ」
手当を終えたジェレミーは、しばらく黙って僕と並んでソファーに座っていた。
僕はその間、ずっと動転したままで硬直していた。それを、さっきのアクシデントでまだ怯(おび)えていると判断したのか、彼はボソリと言った。
「泊まってく」
「……え?」
「もう、四時近い。これからここにタクシー呼ぶのもなんだろ? ゆっくり寝て、ここから出勤するよ。……あんたのことも、心配だし」
「ぼ……僕は……」
「隠さなくてもいい。あんなことがありゃ、誰だって怖いさ。顔色がよくない」
「そ……それ……は」
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